長谷川等伯

七尾駅前、長谷川等伯像

 JR七尾線の七尾駅の改札を出ると

一番先に目に入るのが等伯の青雲の像です

まさにこれこそ七尾市のシンボルです

「等伯会」製作発行の色紙を紹介します

 

 

 

 

長谷川信春筆 達摩図

達摩図

長谷川信春筆 紙本墨画 一幅
七尾市 龍門寺蔵
縦 71.0cm 横 56.7cm

本図は七尾が生んだ近世画壇の
巨匠長谷川等伯(1539-1610)の
青年時代の名作として
近年とみに有名になった作品です

等伯は、はじめ雪舟門人の等春に学んで信春と号し
若くしてその卓抜な天才ぶりを発揮して
仏画、道釈画、肖像画、鑑賞画など
広い領域にわたって製作し
彩色、水墨とも能くしましたが

本図は水墨の道釈を代表する名品であって
同じく七尾の霊泉寺に伝えられる
淡彩十六羅漢図(八幅)と
ともに信春時代の等伯研究の上で
重視されるのであります

それは本格的な漢画の水墨技法を示し
炯炯(けいけい)たる眼光逞しい体躯は
戦国武将の風姿を想わせますが
その鋭く強い筆致は
後年の等伯時代の
多くの水墨画に見られる技法的特色を
予知せしめるものがあります (土居次義)
(色紙サイズ:約 縦27.2cm 横24.2cm)
(色紙の栞より)

長谷川信春(等伯)筆 花鳥図屏風

花鳥図屏風
(かちょうずびょうぶ)

重要文化財 六曲一隻
長谷川信春(等伯)筆 妙覚寺
縦 149.5㎝ 横 360.0㎝

本屏風は、京都の相馬家から妙覚寺へ
寄進された漢画系の花鳥図で もとは六曲一双であったと思われるが、
現在は左隻と考えられる
この一隻が伝声している
右へ伸びた白梅を中心に竹と笹薔薇を配し
地面には睡蓮を、さらに梅樹に遊ぶ鴛鴦と鶯を
愛情豊かに描いている
細密な描写で描かれた禽鳥たちと
濃く短い輪郭線をつまぎ合わせたような梅樹や
岩や笹の強く直線的な表現は対称的で
それぞれをより際だたせいる

画面の両端に重心を置く構図は雪舟を思わせ
自ら雪舟五代と称した等伯の画業の流れを
感じ取ることができよう
一見、華やかな著色画に見られるが
あくまでも水墨を基調としており
一部に色彩のが施されているだけである
その僅かな彩色の配し方は絶妙で
改めて等伯の色彩感覚の高さが窺われる

「長谷川」の朱文長方形印と
「信春」の鼎形朱文印が捺されており
信春画と等伯画とを繋ぐ作品としても
極めて貴重な作品と言える
(色紙サイズ:約 縦27.2cm 横24.2cm)
(色紙の栞より)

長谷川信春(等伯)筆 牧場図屏風

牧場図屏風
(ぼくばずびょうぶ)

長谷川信春(等伯)筆 六曲一双
東京国立博物館蔵
各縦158.6㎝ 横343.6㎝

現在、この屏風に落款は確認できないが
以前は「信春」印のあったことが知らされている
それを示すように、素地泥引に濃彩で描かれた画面には
信春時代の特徴が多く見られ
特に馬は「伝名和長年像」(東京国立博物館蔵)や
「弁財天五十五童子図」(個人図)と
ほぼ同じ形体を示している

右隻には春景を、左隻には秋景を描いたもので
本画像はその内右隻の中心部分である
山野に戯れる群馬と
それを調教する武人たちを描き
土坡や水流の表現には大和絵的な様式を用いている
近世風俗画の先駆的作品で
信春時代における代表作の一つと言えよう

制作年代については上洛後説が強いが
色彩的な部分から見た場合
能登に現存する作品と近いように思われる
また、信春の養父・宗清は
雪舟の弟子・等春に絵を学んだと言われ
その等春は晩年に雪舟と共に北陸へ訪れ
能登畠山氏の所望で馬の絵十幅を
描いたと伝えられる
更に、加賀の守護富樫家累代の人々は画技に長け
特に馬の描写については
雪舟も賞賛したとの事であるから
能登時代にも先人の優れた
絵手本があったとも考えられ
その辺の関連性も含めての検討が必要であろう

(色紙サイズ:約 縦27.2cm 横24.2cm)
(色紙の栞より)